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2025年10月17日、「虎ノ門広告祭」のオープニングキーノートに、アーティストでBMSGのCEOであるSKY-HI(日髙光啓)氏と、同広告祭のクリエイティブ・ディレクターを務める菅野薫氏が登壇した。この対談では、現代クリエイターが直面するリアルな課題、旧体制との葛藤、そして未来を切り拓くための具体的な戦略が熱く語られた。

スペックよりもナラティブ(物語)が心を動かす時代


対談を通じて繰り返し語られた核心的なテーマは、「ナラティブ(物語)の重要性」に尽きる。AIが目覚ましい発展を遂げる今、製品のスペックや機能の優劣だけでは、人の心は動かない。SKY-HI氏の言う「ナラティブ」とは、「何を言うか」だけでなく、「誰が、どのような背景を持ってそれを言うか」が、受け手の心に響く深さを生み出すという考え方だ。良質なモノが溢れる現代において、作り手の生き様や哲学そのものが、コンテンツの価値を決定づけると強調した。

BE:FIRSTが歌うから意味がある歌詞
過酷なオーディションを勝ち抜き、共に成長してきた彼らの歩み(物語)があるからこそ、その歌詞は単なる言葉を超えた説得力を持つ。ファンは歌詞に彼らの努力や絆を重ね合わせ、深く感情移入するのだ。SKY-HI氏は、仮に同じクオリティの楽曲であっても、それをBE:FIRSTが歌うのと、SKY-HI氏自身が歌うのとでは全く違う意味を持ち、それぞれのアーティストが背負ってきた物語が、楽曲に唯一無二の価値を与えると語った。

この考えに、広告界の菅野氏も強く共感を示した。現代の広告は、単に「スペックを伝える」ものから、「ブランドと顧客の間に深い関係性を築く」ものへと変化していると指摘。人間は本質的にストーリーの中で生きるため、ブランドの背景や哲学といった「物語」を通じて初めて共感し、長期的なファンになると述べた。さらに、この思想を象徴するのが、アーティスト名や楽曲情報を一切排した「ブラックレコード」企画だ。リスナーは先入観なく、純粋に音楽そのものと向き合うことを求められる。これは、情報過多の時代にあえて「物語」を一度リセットし、音楽の本質的価値を問い直す、極めて戦略的なナラティブの実践例と言える。SKY-HI氏は、クリエイティブのあるべき姿を「入り口は低く、奥は深く」という言葉で表現した。かつてジャンクフードだった寿司が、作法や歴史を持つ高級な食文化へと昇華したメタファーを引き合いに出し、誰もが気軽に楽しめる入りやすさと、知れば知るほどハマっていく物語の深さを両立させることこそが、現代のクリエイターが目指すべき理想の姿だと提言した。

ナラティブの重要性は、AIの台頭によってさらに高まっている。SKY-HI氏は、技術的な巧みさだけでは数年でAIに代替される可能性があると鋭く警告した。これからのクリエイターにとって、自分自身の人間性や経験、つまり「さらけ出す」ことから生まれる独自のストーリーこそが、AIには決して代替できない価値になる。技術だけでなく、個人の人生から滲み出る「物語」こそが、最強の武器となる時代が到来している。

では、業界全体が抱える古い構造を変え、ナラティブを重視するクリエイティブを守るために、具体的にどう行動すればいいのだろうか。次に、SKY-HI氏が実践する画期的なアプローチを見ていく。

理想と現実の同時追求「ダブルスタンダード」で状況を打破する


SKY-HI氏は、理想を語るだけでなく、それを実現するための極めて現実的な戦略を実践している。

SKY-HI氏は、多くの人がCDプレイヤーを持たなくなったにもかかわらず、音楽業界の予算が未だに「CDの売上枚数」に大きく依存しているという構造的な課題を説明した。この構造的な問題を打破するため、SKY-HI氏が実践するのが「ダブルスタンダード」戦略である。これは以下の2つの柱から成り立っている。

現在のシステムで勝利する:
短期的な成功と発言力を確保するため、CDに特典などの付加価値をつけるなど、既存のルールの中で圧倒的な結果を出す。

未来のシステムを創造する:
同時に、CD依存からの脱却やストリーミング市場の育成、持続可能な仕組みの構築を進め、業界の次なるスタンダードを自ら創り出す。

これは、クリエイティブなキャリアを目指すすべての人に当てはまる教訓。理想の仕事だけを追い求めるのではなく、まずは「今のルール」を理解し、その中で結果を出す。そうして得た信頼とリソースを、自分が本当に作りたい「未来」への投資に使う。この二刀流こそが、単なる夢想家で終わらないための鍵であると示唆された。

この戦略の最終的な目標は、日本の音楽業界に「好循環」を生み出すことだ。SKY-HI氏が見据えるのは、かつてのK-POP業界が実現した成功モデルである。そのメカニズムは明確だ。

ビジネス規模の拡大 → 業界の収益増加 → 世界中から優秀な人材(作曲家、映像監督、デザイナーなど)が集結 → クリエイティブの質が飛躍的に向上 → さらに大きなビジネス成功へ。

この「収益が才能を呼び、才能がさらなる収益を生む」という好循環こそが、SKY-HI氏が目指す最終目標だ。これは、未来の若いクリエイターたちが「もっと大きな夢を見られる」ための土壌を耕す、壮大な布石に他ならない。

しかし、このような大きな変革を、なぜSKY-HI氏は巨大な組織の中からではなく、たった一人で会社を立ち上げるというリスクの高い道を選んだのだろうか?最後に、その決断の裏にあるSKY-HI氏の強い想いに迫る。

自分が死ぬか、世界を変えるか巨大組織の壁と独立の覚悟


対談の終盤には、SKY-HI氏がなぜ独立という茨の道を選んだのか、その根源にある葛藤が生々しく語られた。独立の背景には、大組織にいた当時、理想と現実の板挟みで精神的に追い詰められた壮絶な経験がある。当時の心境について、「そこでまつわる全てのことで完全に心が疲弊し切ってしまい、もう自分が死ぬか世界を変えるかしか残されていなかった」と語り、巨大な組織の中で変革を訴え続けることの困難さを生々しく伝えた。現状維持を望む力学の中で、たった一人で声を上げ続けることは、それほどまでに困難なことだったのだ。

SKY-HI氏が独立を選んだ決定的な理由は、「その先に成功のイメージが描けたから」だという。組織内での変革は「想像がつかなかった」のに対し、リスクを負って一人で起業する道には、自分の裁量で理想を実現できる未来を思い描くことができた。この選択は、すべてのクリエイターにとって重要な示唆を与える。アイデアを思いつくこと以上に、「それを実現すること」は遥かに難しい。だからこそ、クリエイターは、自分が心の底から「実現可能だと信じられる(想像できる)道」を選ぶ勇気を持つ必要がある。

SKY-HI氏の行動を突き動かす根源的な動機。それは、過去の自分と同じように苦しむ、若い才能を救いたいという強い想いだ。独立前、才能がありながらもシステムのせいでポテンシャルを発揮できずに悩む若いアーティストたちから、SKY-HI氏は多くの相談を受けていた。その姿に、「昔の自分みたいな人ってまだ変わらないんだな」と愕然とする。何年も経っているのに、業界の構造は何も変わっておらず、次世代が同じ苦しみを味わっている。その事実に直面した時、「今まで自分がしてきた苦労に意味を持たせたい」という強い想いが、SKY-HI氏の全ての原動力となったことも語られた。

クリエイターは何をすべきか?対談から得られたヒント

この対談から、クリエイターの皆さんが受け取るべき最も重要なメッセージを、3つのポイントにまとめる。

物語を語る
個性、経験、コンプレックス、そのすべてが「物語」になる。スキルやテクニックだけでなく、あなた自身の人間性をさらけ出すこと。それこそが、誰にも真似できない、AIにも代替できない価値になる。

賢く戦う
ただ理想を叫ぶだけでは、世界は変わらない。SKY-HI氏の「ダブルスタンダード」戦略のように、既存のシステムを理解し、利用しながら、同時に未来のための新しい仕組みを構築する。現実的な戦略を持って行動することが、真の変革につながる。

実行する
クリエイティブなアイデアは、居酒屋の雑談の中にこそ溢れている。しかし、SKY-HI氏が示したように、アイデアを語ることと、それを「実現する」ことの間には大きな差がある。未来を創るのは、リスクを計算し、覚悟を決め、泥臭く実行に移した者だけだ。あなたの「想像できる未来」を、評論で終わらせず、現実のものとすべきである。

「虎ノ門広告祭」は、10月24日まで開催中。

取材・テキスト:向井美帆

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