スマートフォンの普及により人々がより使いやすいデザインを求めるようになる中で、業界でもいち早くUIデザインにフォーカスを当てた、グローバルなUIデザインカンパニー『Goodpatch (グッドパッチ)』。
「グノシー」や「マネーフォワード」など、これまで数多くのアプリやサービスのUIデザインを手がけてきた同社の代表取締役社長である土屋尚史さんに、起業までの体験談をはじめ、今後のデザイナーに求められることなど、お話を伺いました。

突如舞い降りた500万円という大金

img01大学時代に「起業したい」という思いが強まり、まずはベンチャー企業に入るために大学を辞めて、ECサイトの運用コンサルティングの営業の仕事から始めました。その後は上京して、当時からインターネットの最新技術を取り入れる企業へ転職したのですが、ここへ入社したことが今の自分に繋がる元となりましたね。

Webの最先端である東京の会社で、やっと自分の居場所が見つかったと思っていた一年後、家族の都合でまた大阪に戻らないといけなくなってしまいました。今度はWebディレクターとして働きはじめたものの、新しい技術やサービスに挑戦する意欲が薄い会社の方針に共感ができなくて。
このままではダメだと思い、仕事と平行してデジタルハリウッドに通い出しました。そこでの目的は、Webやデザインを学ぶことよりも、将来一緒に起業する仲間探しをすることが第一にあって、平日の夜はIT系の勉強会や集いに積極的に参加したりと、会社とは別の所で人脈を作っていました。

ただ、30才までには起業したいというタイムリミットも迫っている中で、子どもも生まれる。でもお金は無いし困ったなぁ…というタイミングで、27才の誕生日に突如500万円という大金が、自分の元に舞い降りてきたんです。

自分名義の定期預金が満期になったという通知が郵便局から来て、当然そんな積み立てなんてしている訳がなく、両親に聞いても知らないと言うので、不思議に思って調べてみたんですよ。そしたら、10年前に祖母が僕の名義で口座を開設して、そこに500万円を預けてくれていたものだったんです。
「これは亡くなった祖母が後押ししてくれている!」と思い、会社を辞めて起業する事を決意しました。

人生が大きく変わってしまうターニングポイント

どの分野で起業するかは決めていなかったものの、世に溢れ還って差別化ができないWebの制作会社は避けようと思い、まずは様々な起業家のセミナーに足を運びました。

その中でも、DeNAの南場さんが登壇された講演会が、その後の人生を左右するきっかけになりましたね。当時の南場さんは、シリコンバレーで月の半分を過ごしている状態で、日本のベンチャーとシリコンバレーのベンチャーを比較したら、成り立ちが全く異なるという興味深い話をされていました。

シリコンバレーはアメリカにあっても、純粋なアメリカ人だけで作っている事例はほとんどなく、いろいろな人種の人々が混ざり合ってひとつのサービスやプロダクトを作り上げている。だからこそ、想定しているマーケットが根本からグローバルなんだと。
だから日本で成功してから海外進出を狙っても、最初から世界を目指している人達にスピードで敵うはずがない。だから起業家になりたい皆さんは、日本人だけでチームを作るのではなく、多国籍軍を作りなさいと。

南場さんのこの言葉に後押しされ、講演直後に「これはもう、シリコンバレーに行くしかない!」と思い立ちまして(笑)。これまで海外旅行にすら行った事もないし、現地に知り合いもいない上に英語も話せない。
そんな時に、以前から交友のあったチャットワークの山本社長から、「シリコンバレーではないけれど、サンフランシスコにならビートラックスという会社の社長さんがいる」と紹介していただき、すぐにコンタクトをとって面接の日取りも決まりました。

そして2011年の 3月10日に日本をたち、翌日の面接で「インターンとして来月から来てください」との嬉しいお言葉をいただき、社長と一緒にディナーを食べている時に日本で震災が起きたんです。震災の日は成田空港も全て閉鎖されていたので、もし出国が一日でも遅れていたら、その後の人生が全く変わってしまう大きなターニングポイントになりましたね。

人脈がタイミングと共にすべて綺麗につながった瞬間

img02サンフランシスコで3ヶ月学んだ経験を元に日本へ帰国して、2011年の9月にグッドパッチを立ち上げました。当初はUI/UXのコンサル業の他に、日本企業の海外進出の支援やコワーキングスペースの立ち上げなど、いろんなサービスを2人で運営していたのですが、どれも中途半端で何一つうまく回らなくて。次第に500万円のキャッシュも減っていきました。

そんな頃、知り合いの経営者に「お前は経営者としてなっていない。お金がなくても、まずはオフィスを借りなさい。これから人を集めて銀行からお金を借り入れたりするのに、事務所がないと信用してもらえない」と、お叱りの助言を受けまして。10坪しかない月8万円のオフィスを初めて借りました。コワーキングスペースの運営事業をやろうとしていた人間が、まさかオフィスを借りることになるなんて(笑)。

その後、ニュースアプリ『グノシー』のUIデザインを制作することになるのですが、そのきっかけは、起業前のある出会いに遡ります。
サンフランシスコでの面接を終え、シリコンバレーのカンファレンスに参加した時のFacebookのグループページで、「一緒に旅をしませんか」と募ったところ、4人が集まってAppleやGoogleなどの企業を一緒に訪問してまわりました。その中に、関くんという大学院生がいたのですが、彼がのちにグノシーを立ち上げることになるんです。

「大学の友人と作ったWebサービスを見てほしい」と関くんから連絡がきて、サービス内容もおもしろそうだったので、UIデザインを手伝うことになったんです。結果、グノシーが見事にヒットしたことで、グノシーのUIが各所で取り上げられて、仕事の依頼が来るようになりました。

これを機に「これまでやってきたことを一度全部捨てて、UIデザインというカテゴリだけに特化した会社にしよう」と決めました。会社の方向性は固まったものの、デザイナーがいない。自分で設計はできても、それをちゃんとしたビジュアルに起こすためのデザイナーがいないと何も始まらない。

そこで、本当に信頼できる人として思い浮かんだのが、大阪在住のデジハリ時代に優秀だった同級生でした。「3ヶ月後にあるかどうかも分からない会社だけど、お願いできないですか」と声をかけたら、ふたつ返事で快く承諾してもらえました。これまでの人脈がタイミングと共にすべて綺麗につながった気がしましたね。

UIの使いやすさひとつで、世界中の人々に使われるかが決まる

サンフランシスコにいた頃に感じたことですが、海外のスタートアップが作るアプリやWebサービスは、いろんな機能をWebやアプリ内に押し込みがちな日本の企業が作るものとは全く異なっていたんですよ。具体的に言うと、まずはユーザーの体験を最大化させるためのUIやデザインを根本から考えた上で、必要ないものは極力削ぎ落としていくというスタンスなんです。

また、経営陣のデザインに対しての認識にも決定的な違いがありました。日本ではデザイン=装飾品のように捉えられがちで、デザイナーはプロダクトを作る中で、デザインフェーズの一部分しか携わらないケースが多い。だけど、海外ではデザイナーという職種は高尚な職種で、大きな責任を持っているし、マネージメント層には必ずデザイナーが入っているんですよ。
デザイナーは、画が描けるだけではもはや通用しなくて、ユーザーにサービスを快適に使ってもらうには、どんな表現が望ましいか。そういったサービスの仕組みから考えられる人達へと移り変わっていくと思うんです

また、UIやUXがプロダクトの差別化の対象となって、UIの使いやすさひとつで世界中の人々に使われるかどうかが決まるんですよ。今はアプリをリリースしたら、直接グローバルにリーチできるじゃないですか。そういったサービスを作る時に、UIにちゃんと力を入れていないとユーザーには使ってもらえなければ、普及も難しい。だからこそ、UIが大事になってくると思い、UIデザイン事業だけにフォーカスしたんです。

グッドパッチでは、まずチームづくりを大切にしていて、グッドパッチのデザインプロセスで一番はじめにするのが“チームビルディング”なんですよ。まずはいいチームができあがっていないと、いいプロダクトは作れませんし、デザインがいくら優れていても、それがビジネスとして成立していないと意味がありません。だから、ビジネスとしても成長していける様な事業自体も今後はデザインしていきたいと思っています。


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Goodpatchはデザイン会社でありながら、自分達が日々の仕事で感じている課題を解決するようなサービスやプロダクトを自らデザイン・開発をしています。プロトタイピングツールProttは最初の自社プロダクトです。

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Prottは2014年10月の正式リリース以降、IDEO・ヤフー・DeNA・クックパッドなど多くの企業に導入されています。今やソフトウェア開発、サービス開発の現場でより高いクオリティのプロダクトを作るためにはプロトタイピングは重要なプロセスとなっています。海外では当たり前に行われているプロトタイピングを日本の開発現場により多く導入し、日本からユーザーに求められるプロダクトを輩出するのがProttのミッションです。

Goodpatch
http://goodpatch.com