2018年12月6日、東京都内で開催されたカンファレンス『ジェンダーとコミュニケーション会議-ジェンダーイコールを「伝える」「創る」「変える」-』。国際女性会議WAW!を実施する外務省と、世界最大の広告祭カンヌライオンズの日本代表である東映エージエンシーの共催です。目的は、国連が推進するSDGs(※1)の17の目標のひとつでもある「ジェンダーイコール社会実現」に向けて、広告やメディアの果たす役割を集中的に議論するという、日本で最初のカンファレンスです。
※1「持続可能な開発目標」として2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成される

その基調講演のゲストとして登壇したのが、アメリカの大手広告会社マッキャンNY社長デヴィカ・ブルチャンダーニ氏です。

彼女は2017年、世界的に大きな注目を集めたジェンダーイコールキャンペーン『Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)』を手がけました。そして世界最大級の広告・クリエイティブの祭典「カンヌライオンズ」にて4部門でグランプリを獲得したのです。

ブルチャンダーニ氏は講演で、『Fearless Girl』の事例を振り返るとともに、広告のアプローチと効果について語りました。日本におけるジェンダーイコール社会の実現に向けて、広告やメディア業界は何をするべきかを考えるきっかけとなりました。その詳細を追っていきます。

ジェンダーイコールはまだ遠い。しかし2018年は、飛躍の年だった

ニューヨークの金融街ウォールストリートの一角にある雄牛の銅像「チャージング・ブル」。その雄牛に立ち向かうかのように、3月8日の国際女性デーの日に設置された少女の銅像。
『Fearless Girl』がなぜこれほど世の中に受け入れられたのか。
その企画を担当したブルチャンダーニ氏は「ジェンダーを巡る状況は変わってきています。戦いは落ち込むためでなく、必ずよくなるため。簡単な道ではない。でも未来は明るくなるばかりです」と断言します。

ブルチャンダーニ氏はインド生まれ。学校卒業後アメリカに渡り広告業界へ飛び込みました。今は広告クリエイターとして働くとともに、2児の母でもあります。

ブルチャンダーニ氏が所属するマッキャンでは、クリエイティビティによってクライアントのブランドが役割を果たすことをミッションに、以下の3つの柱を理念としています。

 

  • 『尽くし抜く(OUT CARE)』
  • 『弱みは強み(VULNETABILITY is STRENGTH)』
  • 『容赦なく共感しよう(be ruthlessly EMPATHETIC)』

 

 

会社としても人間としても、人々の生活にクリエイティブな働きかけをすることが使命であり、そのための『意味』を作っている会社なのだと、ブルチャンダーニ氏は理念を説明します。

そして昨年、金融会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザースの広告として『Fearless Girl』を制作することになりました。そこに至った経緯と結果を話す前に、ブルチャンダーニ氏はまず女性をめぐる近年の労働環境について説明しました。なぜならば、企業の役員会における女性比率の低さや金融業界における女性の給与の不平等に注目してもらうことこそが、『Fearless Girl』の目的だからです。

女性の労働環境の実態は?

まず示されたのは、『Fortune 500』における男女比。これはフォーチュン誌が年1回編集・発行する全米上位500社の総収入に基づくランキングです。
Fortune500のCEO 白人男性は63%、女性22%。また、世界の上場企業22,000社のうち60%がすべて男性役員。これが現状の数字なのです。

一見すると女性の社会的な地位はまだまだ男性に劣っており、ジェンダーイコールは遠いように見えます。しかしブルチャンダーニ氏は2018年を「女性にとって良い1年でした」と振り返ります。

2017年『ビジネス界』『ハリウッド界』『広告業界』から見る女性の労働環境

3つの業界における女性の就労環境を数字で追ってみました。

『ビジネス界』

「専業主婦は何世代も家庭を守ってきました。そして女性には『家庭を守りながら、利益ももたらす』ことができるのです」とブルチャンダーニ氏は言います。

企業は女性を採用すると利益が上がるという数字は、すでに出ています。しかし女性は男性より29%も少ない賃金で働いています。アメリカでは、男性の賃金を1ドルとした場合女性は79セント。EUにおける男女間の平均賃金格差は約19%。日本では平均で女性の賃金が男性の賃金の73%と、日本もまた遅れていることがわかります。また、キャリアの初期段階において、男性は女性より30%昇進率が高い。新卒では男性は女性の収入を18%上回っていて、業種の違いを加味しても格差は6%です。(※2)
※2 出典:Vanous,WEF2017

このように、女性の方が雇用形態が良くないのが現状ですが、女性こそが稼ぎ頭であるということも、数字で表されました。女性役員が最低1人でもいる大企業は1人もいない企業より業績が5%高くなっています。また、女性経営者の影響力が強い企業の自己資本利益率(ROE)は年10.1%でそうでない企業は7.4%、企業価値評価(PBR)も前者の方が高いのです。(※3)
※3 出典:Plan’s Children in Focie Report.USAID Goldman Sachs

さらに、「利益をもたらしているのも女性」だとブルチャンダーニ氏は説明します。
女性が経営するビジネスに投資した場合の利益は1ドルにつき78セント、男性が経営する場合は31セント。
個々の利益だけでなく社会にとっても有益で、日本の場合でみると、女性が男性と同程度に労働人口に加わればGDPを12.5%引き上げられます。また、教育を受ける女性が10%増えると国のGDPは平均3%上昇する、つまり、女子と男子の教育格差によって世界経済は毎年920億ドルの損失を蒙っているという計算になります。(※4)
※4 出典:Plan’s Children in Focie Report.USAID Goldman Sachs

これらの数字を踏まえブルチャンダーニ氏は、「まず明日からやることは“賃上げ”です」と明確に主張しました。「自分たちが利益を生んでいる」という自信を女性に感じてもらうことで、より良い効果を期待しているのです。
「いわゆる男性的、女性的、といわれる特徴について、それぞれの能力がリーダーには必要です。心理学で、女性は感情的、男性は理性的、などといわれますが、どちらも大切。効果的なリーダーシップを発揮するためには、男女両方の要素を持ち合わせましょう」と強く語りました。

『ハリウッド界』

今、映画業界では面白いことが起こっています。これまで女性はヒロインでしたが、スーパーヒーロになろうとしているのです。2017年は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『美女と野獣』『ワンダーウーマン』『オーシャンズ8』など、女性主人公を中心とした映画が米国映画興行収入ランキングのトップを占めました。その登場人物たちには、ヒーローもいれば悪役もいたりと、画一化されていない幅広い役を担いました。

2017年の映画における女性の現状については、以下のような数字があります。
「女性監督の映画には5.4%多く女性キャラクターが登場」「アメリカではチケットの半数を女性客が購入」「女性の脚本家が携わると女性スタッフが採用される確率が10.7%上がる」(※5)
また、2018年のゴールデングローブ賞授賞式では、女性たちがセクハラに抗議するため黒い服を着て出席したことが話題となりました。その行動は連帯を産み、現代社会に蔓延するセクハラの撲滅を訴える目的とする活動「TIME’S UP」が始まります。ブルチャンダーニ氏もその実行委員会に席を置いています。
※5 出典:Total gross as of Feb 28,2018

『広告業界』

広告業界をめぐる女性問題として、いくつかの数字が紹介されました。
「若い女性の60%が子どもが小さい母親にとって働きやすい環境ではない」
「女性クリエイティブディレクターの割合は11%」
「女性監督のCMの割合は10%」
「“広告主は女性を理解していない”と感じている女性消費者の割合は91%」
ジェンダー・イン・メディア研究所によると、カンヌ・オンラインのアーカイブに所蔵されている2,000以上の広告を分析した結果、女性は男性に比べ48%台所にいるところを描写される可能性が高く、男性は女性に比べ50%も多くスポーツ観戦をしている描写シーンとなる可能性が高いそうです。「でも私が息子をサッカー観戦に連れて行っているんですよ?」とブルチャンダーニ氏。つまり、いまだ広告の中の女性像が改善されていないのです。

「広告という多くの人に届くものにおいて、女性の描写が変わることが大切です。広告は、役割や文化を変えます。ジェンダーイコールの文化に追い風を吹かせてくれる役割を果たしてくれるんです」。

あらゆる人々の“ステレオタイプ”を打ち破れ!『Fearless Girl(怖れを知らぬ少女)』に込めた想い

ブルチャンダーニ氏が『Fearless Girl』を手がけることになったのは、金融会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザースからの広告の依頼でした。ウォール街に訪れる約3万人をターゲットオーディエンスにした広告戦略として制作開始しました。ブルチャンダーニ氏は「私たちは女性だけでなく、男性も、母親も、独身女性も、メディアに横行しているステレオタイプを打ち破らなければいけない」と主張しました。
まずは金融業界だけでなく世の中に打って出よう、と。それが、企業の役員会における女性比率の低さや、金融業界における女性の給与の不平等に注目を集めるための『少女像』の設置だったのです。

若い少女は、希望の象徴でした。スカートでブリーフケースを持ったステレオタイプの女性像では、男性たちに自分ごとして考えてもらえない。耳を傾けてもらうには、子ども像がいい、と考えました。ちょっと足を開いて腰に胸を当てているのは、自信を表すポーズです。そして、女性の立場への主張と、驚きを持って像を見てもらおうという意図を込めて、3月7日、「国際女性デー」の前日深夜に像を設置したのです。

『Fearless Girl』の反響は、予想以上でした。像が見えなくなるほどの人が詰めかけ、ツイッターのインプレッション数はローンチ後最初の12週間で46億。インスタグラムでは7.45億でした。カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで18の賞を受賞し、その後の反響では、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザース社が女性役員がいないと認定していた301社が新たに女性役員を登用(※6)。アメリカだけでなくカナダや日本でもその影響は広がっています。
※6 出典:Wall Street’s Fearless Girl Statue Gets New Place of Honor-Bloomberg

世の中を良い方向に動かす……それこそが広告の力だと実感しました。

目指すのは、ジェンダーイコールの社会を越えた『選択肢のある社会』

女性の社会における地位向上は、まだ途上にあります。ブルチャンダーニ氏は「ロールモデルが必要」と言います。入社時は男女ともに同じほどの野心を持っていても、3年も経つと女性の方のやる気が落ちてしまうのは、目指す像がイメージできないからだと考えています。ブルチャンダーニ氏には身近に女性のロールモデルがいたそうで、それは幸いなことだったと振り返りました。

「私はもうすぐ50歳になります。息子と娘がいますが、二人に話すのは、大事なのは家庭でも仕事でもなく、私たちには選択肢がある、ということ!スーパーマン、スーパーウーマンになってもいいし、ヒロインでも、消費者でも、クリエイターでもいい。どういう選択をしたいかを自分で選べることが大事。ジェンダーに関わる正しい答えはないはずです」と述べました。

最後に、ブルチャンダーニ氏は客席に「Stand Up!」と呼びかけました。そして全員『Fearless Girl』のポーズをとります。「明日社会に出たら、恐れを知らない存在となってくださいね」とブルチャンダーニ氏のエールを受け、拍手喝采で講演は幕を閉じました。

(CREATIVE VILLAGE編集部)