「家売るオンナ」「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」「ウチの夫は仕事ができない」など、日本テレビのヒットドラマを数多く手がけるプロデューサー・小田玲奈さん。ドラマ脚本を作りたくて入社したものの、12年間違う部署で情報番組やバラエティを担当。しかし、「楽しくない番組なんて1つもなかった」と笑顔で話す小田さんに、ドラマに携わるまでの道のりや念願のドラマ制作での醍醐味などについて伺いました。

小田 玲奈(おだ・れいな)
日本テレビ放送網株式会社 制作局 ドラマプロデューサー。
1980年生まれ。東京都出身。都立北園高校を経て、2003年日本大学芸術大学(演劇学科)卒業後、日本テレビに入社。「ズームイン!!SUPER」「アナザースカイ」「メレンゲの気持ち」「有吉ゼミ」などでディレクターを経験し、2015年ドラマに異動。プロデューサーとして「家売るオンナ」(2016)「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」(2016)「ウチの夫は仕事ができない」(2017)を企画・制作。
2016年、エランドールプロデューサー新人賞受賞。

脚本家を目指しネタ探しのために就活スタート

学生時代から三谷幸喜さんのドラマが大好きで、最初は脚本家を志望し日本大学芸術学部の劇作家コースに入りました。就活も脚本を書くためのネタ探しのためにしていたようなところがあったんです(笑)。だからテレビ局は日テレしか受けなくて、他の業界もネタ探しのために数社受けた程度。日テレを受けた理由も、大学4年生のときに欽ちゃんの仮装大賞に出たことがキッカケ。親近感があったんですよね。部活でキャンプ部に所属してて、沖縄でキャンプするための資金集めとして部員みんなで「人間輪投げ」っていうタイトルで出演しました(笑)。

入社試験のときもそのことを話すとやっぱり反応が良いんですよね。さらに、私のときは「ディレクターズスクール」っていう採用形式で、実践試験を1ヶ月かけて行うという独特なものだったんです。それぞれジャンルごとに班に分かれて、私は班のみんなとドラマを1本作るという課題をやりました。それぞれが企画を考えてプレゼンをして、何度か審査があって半数ずつぐらい落とされていくという方式。私は自分の企画が通り、まさに「就活」を題材にしたドラマだったんですが、脚本も書いて、制作して、実際に深夜枠で放送されることになりました。

それまではテレビドラマに限らず舞台でもどこでもとにかく脚本を書けるならいいやと思ってたんですね。でも、学生時代に舞台の脚本を書いて、「来てね」とチケットを売ってもなかなか観て貰えなかったのに、テレビで放送した時はみんなが見てくれたんです。それからは「テレビドラマに携わりたい」と思って、日テレに入社しました。

希望と違う部署にいても、楽しくない仕事なんて1つもなかった

ところが、入社後は「ズームイン!!SUPER」という情報番組で5年間、バラエティに6年間いて、12年目でやっとドラマ部に異動したんですよね。最初からスッとドラマ部に入って脚本のことを学べるのかと思ってたら、そこまでに12年もかかっちゃって。ドラマ部に来たときは脚本家志望だったことすらも忘れてた(笑)。

もちろん「異動したい」と言っていた時期もあったけれど、バラエティに配属されたばかりの頃「サラリーマンなのに、別部署(ドラマ)に行きたいって、そればかり言っていたら、今ここでちゃんと教えてもらえないんじゃないか」と思って、言うのを止めたんです。でも5〜6年経ったときにやっぱり異動したい気持ちが強かったので「最近は言ってなかったんだけど、今でも行きたいです」と言って、やっと異動できたという流れでした。

でもね、情報番組でもバラエティでも、楽しくないっていうことは何もなかったんです。テレビの仕事ってどんなことでも楽しい。怒られたとしてもそれすらネタにできると思ってたから。

特に印象に残ってるのは「ズームイン!!SUPER」のディレクターだったときのこと。当時社会現象になるほど大ヒットドラマだった「ハケンの品格」の最終回放送に併せて、出演者の方々が電波ジャックでスタジオに来ることになっていました。私はそこで流すVTR用にドラマのクランクアップを取材したり、主演の篠原涼子さんはじめ加藤あいさん、小泉孝太郎、大泉洋さんを驚かせるために街頭でドラマを見ている人を探してインタビューしたんですね。そこでみなさんが「派遣の人に対する見方が変わった」「周りの派遣の人がそんな熱意を持って働いてるとは思わなかった」「一緒に働く人としてちゃんと見ようと思った」「私も派遣社員としてもっと胸を張って働こうと思った」などと言ってくれて、ドラマが与える影響力に感動したし、それをスタジオで見た出演者の方々がすごく喜んでくれたんですね。その姿を見て嬉しかったのはもちろん、今の自分はやりたかったドラマ制作とは違う場所にいるけど、今の場所でやれることをちゃんとやれたと思えた瞬間でした。

だからこそ改めて私も沢山の人に影響を与えられるようなドラマを作りたいなと思ったし、自分がドラマのプロデューサーになってみて、同じようなシチュエーションでちゃんとやらない情報番組のディレクターがいると端っこに呼び出して怒ったりします(笑)。でもその分、編集で面白くしてくれたらお礼のメールもします。やっぱり自分も同じ立場にいたから情報番組にいる子達が気になるし、「夢への途中かもしれないけど、頑張れ」って思う気持ちが強いんでしょうね。

今まで味わってきた気持ちを脚本に詰め込める幸せ

ドラマ部に異動して初めてプロデューサーとして担当したのは北川景子さん主演の「家売るオンナ」でした。自分の企画が通り、念願の脚本作りに関わることも出来て、とにかく楽しかった!

脚本家の大石静さんが言っていたのですが「1本連ドラの脚本を一緒に作ったら、“裸の付き合い”と同じくらいその人のことを知れる」。それぐらい自分の恥ずかしいエピソードを出し合って脚本を作っています。幼少期の思い出、学生時代の部活や数々のアルバイト、社会人になってからの経験…、ずっと溜めてきたネタをついに使えるときが来たことが嬉しくてしょうがなかったです。大石さんに「こういう脚本にしてほしくて、ちなみに私こういう経験があったんですけど」って話して、脚本があがってきた時に「あ、私が話したアレを活かしてくれてる!」とニヤリとしています。どんな経験でもネタとして活かせる…幸せな仕事です。

2年前作った「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」ではまさに私が12年間ドラマを作れなかった気持ちをぎゅうぎゅう詰めにしました。この作品はファッション誌の編集をやりたいのに校閲に配属された女の子の話なんですけど、まさに私と同じような境遇。私も楽しく仕事をしてきたように、ドラマもふてくされることなくイキイキと校閲の仕事をするヒロインの話にしました。原作を踏襲しながら私が味わってきた気持ちを活かせて嬉しかったです。

私達の世代がおもしろいと思うものを作り続けたい

今の私が思う良いドラマって、“長く続けられるドラマ”なんです。最近の連ドラって10本で終わっちゃうじゃないですか。でも「ドクターX」はシリーズ化してても毎回ワクワクして見ているし、ずっと見たいと思える。「ドクターX」とか「相棒」とか「サザエさん」って、今回が第何話かって気にしないじゃないですか。今後はそれくらい当たり前のように毎週放送できるものを作りたいです。いつも8話くらいでようやく登場人物が絶好調で動き始めるのに、残り数話で惜しまれながら終わってしまう…。15話まであったらもっと面白いことができるのに!バラエティって、収録のあとに毎回馴染みのスタッフで飲みに行ったり、楽しい時間がずっと続くのに、ドラマって3ヶ月で終わっちゃう。やっとチームワークができた頃にクランクアップしちゃうから。海外だとドラマも30話とか当たり前なんですけど、日本のドラマってなんでこんなに少ないんでしょう。もっとシリーズものが増えたらいいですね。

これからも、毎日の中でネタを探しながらテレビドラマを作っていきたいという想いは変わりませんが、今後はYouTubeでかけるドラマを作ってみたいと思っています。テレビもYouTubeもメディアだけど性質は全然違って、「テレビはネットに押されて厳しくなっていく」とか色々言われているけど、やっぱり私達の年齢の人は今後もテレビを捨てることは絶対ないと思うんですよ。

私は新聞もとってないし固定電話も引いてない。きっと40歳になってもたぶん変わらないと思います。でも、私の親は死ぬまで新聞を読むだろうし、私も死ぬまでテレビを捨てることはない。ポジティブに考えれば「無理して若い子に合わせてテレビを作る」のではなく、「私達の世代が面白いと思うテレビをずっと作れる」…考えようによっては、とてもラッキーなことだと思うのです!とは言え、子供時代の自分がドラマの世界に憧れたように、若い子に刺さるものももちろん作っていきたいという想いもあります。これからも色んな経験をして、テレビやYouTube、いろんな場所でドラマを発信していきたいです。

インタビュー・テキスト:上野 真由香/撮影:TAKASHI KISHINAMI/編集:CREATIVE VILLAGE編集部