3D映画を語る決定版といっても過言ではない「3D世紀/驚異!立体映画の100年と映像新世紀」の第2章「クリエイティブ:3D映画・企画製作」を執筆された映画プロデューサーの谷島正之氏。本書ではここまで書いてしまっていいのか!?と思うほど詳細に書かれた日本及びアジア圏初のデジタル3D映画の制作秘話が明かされています。今回は本書籍を執筆することになったきっかけや、これまでの生い立ち、クリエイターへのアドバイスなどを伺いました。

電流が走った・・・

小学校2年生のときに母親に連れられて観た『タワーリング・インフェルノ』(1974年)という映画が一番のきっかけです。幼心ながらその映画に打ちのめされてしまい「映画って凄い!面白い!」と全身に電流が走るほど感激しました。
小学校6年生の頃には、卒業式につきものの将来の夢として「映画会社に入ってみんなに映画のチケットを送れるようになりたい」なんて早くも言っていました(笑)

img07その後も気持ちが揺らぐことはなかったのですが、映画の勉強はまったくしてなかったですね。ただ他の子たちに比べたら、映画を見に行くことは多かったと思います。
大学でも経済学を学んでいたので、映画とはかけ離れていましたが、映画研究会に入って8mmを撮っていました。映画研究会にいる人の十中八九は映画監督になりたくて作品を作っていましたが、僕はそのときすでに“プロデューサーになりたい”と思っていたんです。

映画というのは“監督自身の心臓”を剥きだしにしてできているようなものでオリジナリティが必要です。そういう意味では自分には他の人にはない、強いオリジナリティはないなと思っていました。だったらオリジナリティを持っている監督と一緒に映画を作っていくプロデューサーが向いているのではないか?と思ったんです。

もしかしたら僕は欲張りなのかもしれないですね。基本的に監督は“自分の見えるたった一つの世界”を撮ることだけを考えていますが、僕はいろんなジャンルの監督から何か面白いもの、自分がワクワクするものを見つけだし、色々な世界に浸りたいんです。

“体感映画”を追求して

超高層ビルの大火災を描いた映画「タワーリング・インフェルノ」の衝撃・・・。
真下から火の手が迫る高層ビルの最上階にいる人々。まさに見ているその時、その138階に僕はいたんです。それくらいこの映画の中に入り込んでスリルを体感していました。また、この映画には重要な二つの要素、ダイナミズムとヒューマニズムが実に見事に絡み合って、視覚を刺激し、心を揺らしてくるんです。

そこから40年間、この映画で受けた衝撃=体感映画を求めてここまでやってきました。
登場人物に感情移入し一緒に右往左往しながら逃げる、脅える、泣く、など、共に心が動き、その空間を“体感”しているのだと思います。すなわち、スクリーンの中の登場人物と同じ時間を生きる興奮と感動、それをダイレクトに伝える、これが僕は“体感映画”だと思うんです。

そして、心を揺らすだけでは飽き足らず、同時によりリアルに「体も揺すりたい!」それが3D映画なのです。

映画はコンセプトがすべて

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『ラビット・ホラー3D』より

今回執筆した「3D世紀/驚異!立体映画の100年と映像新世紀」の第2章では、「戦慄迷宮3D」「ラビット・ホラー3D」の完成に至るまでの3年間を細かに書きました。それは同時にデジタル3D映画元年と言われる2009年から、一瞬にして大きな飛躍を遂げた3D映画の第一期でもありました。

僕は極端なタイプなので、全部明け透けに書けるというのが特技なんです(笑)。だって表層的な映画の本ってつまらないじゃないですか。

3D映画の製作に興味がある人にとって一番知りたいことは「裏側で何が起こっていたか」だと思います。僕の中では映画は、2Dでも3Dでもその企画コンセプトがすべてだと思っています。なぜこの映画を2Dではなく3Dで製作したんですか?と問われたときに明確に答えられるかどうか。答えられないなら3Dにする必要はないんです。

どういう発想で3Dに至り、どういう企画意図で作っていったか、そしてその為にどのような行動をとっていったのかを、くどいくらいに詳細に書きました。 この本は特に、映画の勉強をしている学生のみなさんにぜひ読んで欲しいです。彼らが学生生活や授業で見つけられないものが、おそらくこの中にあると思っています。

すべては発想なんです。そして発想の次に行動があります。発想は誰でもできる。でも行動はそうはいかない。逆に、行動足りえる発想なのか?・・・・・・そのちょっとした秘密を少しでも読み取ってくれたらなと思います。

実際「戦慄迷宮3D」を見る前にこの本を読んだ人は、どれほど素晴らしい映画だろうと妄想すると思うんですよ。でも実際に観てみてみると「こんなもんかよ!」って思う人も多いでしょう(笑)。

それは制作費と密接に関わっているんです。読み取ってほしいのは、低予算だからといってしっかり考え抜かないとC級映画以下になってしまうという事。例えば、脚本を考え抜くということは、ある意味タダじゃないですか。予算との兼ね合いがあるから爆破とか派手な演出はしづらいけども、コンセプチュアルな発想、もしくはアイデアで観客をある世界に導くことはたやすいと思っています。

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戦慄迷宮3D』より

『僕は「戦慄迷宮3D」はホラーではなくテラー映画だと言っています。ホラーとテラーは違います。ホラーは露骨に出てくるもので、テラーっていうものは感じさせるものなんです。ドアの向こうから怪物がワッと出てくるのがホラーで、テラーは5センチ開いているドアの奥にある闇なんですよね。恐ろしい気配と予感を積み重ね、目の前のスクリーンに満ち満ちていくのがそれです。

「戦慄迷宮3D」ではゾンビみたいなお化け人形が随所に動かずただ立っていますが、あの中には実際に人間が入って人形の役をやっています。

だからただ単に人形が立っているのとは違い、微妙な息遣いが映像から溢れ出ているハズなんです。そういう部分を見ている人に感じ取ってほしい。こういうちょっとした工夫ならお金がかからず、さらに今までにない効果を導き出せるはずです。

低予算だからできないのではなく、映画を撮るためには、発想とスタイルをきっちり決めて徹底的に検証していく必要があるんです。2D・3D問わず、プロデューサーとはそうあるべきだと考えています。

本末転倒な言い方に聞こえるかもしれませんが、僕の作っている3D映画は2Dで観ても面白いはずです。2Dで観ても面白いものが3Dになってよりリアルに拡張されているのです。

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『ラビット・ホラー3D』の撮影現場で清水崇監督と

『戦慄迷宮3D』の監督は清水崇氏に依頼しました。「この作品のテーマは“青春の終わり”だから、血は一滴も出さない、叫び声も上げない」という鉄則を添えて。それは監督の両手両足をもいだようなものなのですが、それでも監督ならその中で絶対に伝えられる演出力があると思っていました。

清水監督は遊び心に満ち溢れている作家なので、3Dというスペックを一瞬にして理解できたんです。『呪怨/パンデミック』以来3年もの間、映画の企画を断わり続けていた清水監督がOKをしてくれたんです。

クリエイターの個性を見抜くのもプロデューサーの役割だと思います。妥協を許さない、ある種、我儘な人たちばかりです(笑)でも我儘であればあるほど面白いんですよ。身勝手なほど世界観が広い。それに振り回されるのはプロデューサーで、どうやって防波堤を作っていくかいつも考えています。

3D映画の魅力とは?

スクリーンの中に観客を没入させる。そんな“リアル”をスクリーン上に感じさせるということですね。それが一番です。
現実の世界は3Dで見ているのに対し、映画はひとつ次元を減らし、2Dとして平面的に見ている状態になります。3D映画とはそれをただ現実の世界に近づけたというだけです。しかし2Dでは表現できないリアルさが表現でき、2D以上の崇高な映像次元を3Dは作れるんです。

けれども、3D映画には「飛び出すぞ!」という低俗な発想が常に求められます。
崇高な映像空間と低俗な発想が入り乱れるのが3D映画の一番の面白さだと思います。難しいのは、崇高と低俗をバランスよくやることです。僕の映画は20分に1回飛び出させるようにしています。物語によって観客をスクリーンに引き込みながら、忘れた頃に飛び出すというこのバランス。そうすることで3D映画に対する観客の満足度は高まります。奥行きだけの3Dでは満足しません。こういった3D的設計を物語にはっきり絡ませながらクリエイターのセンスが引っ張っていけるかどうかです。

これからの3D映画

img062009年から3年間はデジタル3D革命の第1期で、アニメやホラーだったりスペクタクルだったり、3Dに向いていそうなものが多かったのですが、それが終わった2012年以降はいわゆる成熟期でしょうね。これからはより様々なジャンルへの挑戦、実験が行われるでしょう。僕は文学・文芸作品でも3Dに適応できると思っています。

この本の中でも書いていますが、アルフレッド・ヒッチコックの「ダイヤルMを廻せ!」(1953年)という名作があります。ヒッチコックはこれを当時3Dで撮ったんです。しかし当時は2Dでしか公開されなくて、50年のときを経て(今年11月ブルーレイ3Dで発売され)3Dでみることができるようになったのです。それを観るとわかりますよ。
物語の主軸は“冷え切った夫婦の部屋”、その密室を3Dで撮っているんですが、その臨場感がすごいんです。当時、すべてを計算してこれを3Dで撮ったヒッチコックは本当に天才ですよ。

今、注目の映画は?

まず期待しているのは、アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(2013年1月25日公開)という映画です。海の上に漂う白いボートには少年と虎しかいません。その2人の二百何十日を描いたドラマですね。新たな3D映画の地平を拓いてくれるのではないかと期待しています。この作品を3Dにした理由は、憶測だけど、観客をボートの上にいる3人目にしたかったんじゃないかな(笑)
それからバズ・ラーマン監督の「華麗なるギャツビー」(2013年6月14日公開)も期待しています。文豪フィッツジェラルドの名作をなぜ3Dにしたのか?興奮しますね。文芸3D作品の登場です。

映画業界をめざすクリエイターにひとこと

こういった記事を読んでいるような人はダメです(笑)。
僕はよく映画業界就職セミナーなどで講演をさせてもらうんですが、まず開口一番に「こういうところに来ているあなたたちはこの業界に必要ない」って言うんですよ。この業界に入りたければ確かな目標と強固な意思を持ち、工夫とテクニックを身につけて自分で如何に入り込むかだけです。セミナーなんかで聞いて会得できるものじゃない。じゃないと確実に業界に入って、折れます。映画業界に入る瞬間に自分の20年後が思い浮かんでなければいけないと思っています。 厳しいこというようだけどこの世界は苛酷です。映画をたくさん観ているとか、映画を作りたいじゃなくて、ビジネスとしての視点が明確になければダメなんです。会社に入ってからそれを探す・・・そんな時間は残念ながらないのです。

再び電流が・・・

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『フラッシュバックメモリーズ3D』より

この書籍を書くよう背中を押してくれたのは、今年(2012年)の東京国際映画祭でも「観客賞」を獲った「フラッシュバックメモリーズ3D」(2013年1月19日公開)の松江哲明監督なんです。彼と出会ったときも電流が走りました。

彼が撮った「フラッシュバックメモリーズ3D」は2012年以降の3D映画の新しい幕開けを感じさせる映画でした。2009年あたりに3D映画を撮ったパイオニアたちはこれ以上できないと思います。

ここから先のステージは彼のような若手クリエイターが作法なんか無視して荒々しく自分の3Dを発想し、開発し、作らなきゃダメなんです。そういう意味で「フラッシュバックメモリーズ3D」を観て僕は本当に安心しました。僕らには作れない新しく素晴らしい日本の3D映画の誕生です。

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『フラッシュバックメモリーズ3D』より

新しい時代の鼓動・・・そんな彼との出会いが、この書籍に向かう最終スイッチでした。自分が経験し、体験し、思う存分体感したこの3年間、トーキー、カラーに次ぐ「第三の映像革命=3D」の瞬間と製作したすべてを書き、遺そうと思いました。これで僕の役割は終わりです。これからは彼らが新しい3D映画の時代を築いてくれるでしょう。


3D 世紀 驚異!立体映画の 100 年と映像新世紀

2012年10月25日 初版第1刷発行

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■著者:大口 孝之 谷島 正之 灰原 光晴
■発行人:石橋 俊雄
■編 集:古賀 太朗

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