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「その仕事、好きか、向いているか」―仕事の“壁”を乗り越える極意!~電通 越智一仁さんトークイベント

2017年4月某日、クリーク・アンド・リバー社にて開催した社内トークイベントにゲストでお越しいただいた、株式会社電通の越智一仁さん。
CMプランナーに憧れて上京し、電通に入社した越智さんですが、いざ仕事をスタートすると「自分にはCMは向いていなかった」と、断腸の思いでキャリアシフトを決意。
苦悩の日々を過ごす中で、次第に自分らしいキャリアを見出していき、あの話題作『ンダモシタン小林』を生み出すまでに至った越智さんのキャリアの軌跡をたどりつつ、クリエイティブのアウトプットのヒントもお話の随所でいただくなど、“ため”になるトピック満載でお届けします。

越智 一仁 株式会社電通 コミュニケーション・プランナー
宮崎県小林市出身。得意領域はデジタル・クリエーティブ全般、特に映像を軸としたシェアラブルなコンテンツ企画やコミュニケーション・プランニング。手掛けた作品が国内外で多数受賞。なかでも2016年にACC CM FESTIVALでグランプリを獲得したバイラルムービー『ンダモシタン小林』はマスコミでも話題になり、世間の注目を集めた。

“裏切りと発見”をテーマに世間をアッと驚かせた『ンダモシタン小林』

こんにちは。電通の越智と申します。
本日お集まりいただいた皆さんは新卒からキャリア6~7年目と聞いています。
そんな皆さんに僕から、「その仕事、好きか、向いているか」というテーマで、僕なりのキャリアへの向き合い方について、経験談をもとにお話ししたいと思います。

僕は現在、CDCという部署に所属していまして、デジタル系の案件を中心にバイラルムービーや、Web・ソーシャル施策を、特にDentsu Lab Tokyoという組織ではテクノロジーに関する仕事を受けることが多く、その他にもPRを中心とした局や、地方創生をテーマにした組織など、何部署か兼務しています。

コミュニケーション・プランナーという職種ですが、企業や自治体が抱える「どうやってお客様に想いを伝えたらいいのだろう」という悩みを、いろんな手法を使って解決する役割を担っています。広告ってよくラブレターに例えられますけど、受け取ったメッセージが結果に結びつく方法って送り手と受け手の関係によってさまざま。だから悩むんですね。そこをお手伝いしています。

具体的な事例として、僕が地方創生の一環で手掛けたプロモーションムービー作品『ンダモシタン小林』を紹介します。

小林市は宮崎県にある自然豊かなまちで僕の出身地でもあります。映像を作るきっかけは、僕が勝手に(笑)地元と仕事がしたいと思ったこと。自治体に連絡を取って、こんなことできないでしょうかと持ちかけたりしていました。
最初は“東京の広告代理店の人が、何?”とちょっと怪しまれたりしたんですが(笑)、しばらくして母校の高校の広報誌に寄稿しませんか?とお話をいただきました。
僕の仕事のこと、地元への想い、などをガーッと熱く綴って。そこから地元との関係値を築いていくうちに、ある時「まちのPR映像を作りたいので相談にのってほしい」と持ちかけられたんです。

この作品は『裏切りと発見』がテーマ。そのギミックとして利用したのが小林市の方言である“西諸(にしもろ)弁”です。水や星空など自然豊かな環境を、この特徴的な方言を利用して紹介しようと発想しました。

具体的には、フランス人男性が市内を巡りながら自然や食、人、などを紹介するもの。フランス語で話しているかと思いきや、実は方言だった、というオチのストーリーを作りました。
よく業界では良い企画の見定め方として“大発見や大共感があるか”、“ハッとして、グッとくるか”などと言いますが、この仕事も同じことに気をつけました。
まず一度見て最後にネタばらしをして“えぇ!?”と驚きを与える。すると人はもう一度それを確かめずにはいられなくなり二度見する。そしてその結果を他人に伝えたくなる…という心理を突いたもの。映画などでもよくある手法です。
テレビのニュースやバラエティ番組などで取り上げられたり、動画再生は最終的に220万回を突破するなど、良い反響を得られましたね。

広告には、面白い映像を作ろうとか、素敵なコピーを書こう、という前に“伝わる”ための“心を動かす”ためのロジックを考える、というステップがまずは必要だと思うんです。
そこからどう発展させていくか、そこからは作り手自身のやり方次第だと思いますが、特に強いクリエーティブというのは、大きな驚きや共感があるケースが多いと思います。

好きなことを仕事にしたいと夢を抱いた学生時代

IMG_9352_new3では僕自身のキャリアの話に移りたいと思います。
子どものころから絵を描くのが得意。音楽にも興味を持っていろいろと聴いていた。そんな自分は果たしてどういう仕事が向いているのかなと漠然と思っていました。

小林市って、なんとなく想像がつくかと思うのですが、情報が極端に少なくて、仕事の選択肢がほぼ無い。公務員とか、銀行員とか、自営業とか、かなり限られます。やがて就職することに対する危機感が芽生えてきました。
そんな時に見たのが、ジャミロクワイのミュージックビデオです。セットとカメラを一緒に動かして、あたかも床が動いているように見える演出が特徴的で、とてもスタイリッシュな映像なんですが、それを見た時に「こういうのを作りたい!」とイメージが湧いて。九州の大学に進学してコンピュータグラフィックスやメディアアートを学びました。

大学生のころは、VJをやったり、サークルでイベントを企画したりと活発に過ごし、就活の時期を迎える頃には、東京で仕事をすることに憧れを抱き始めるようになりました。ある時、ACC(一般社団法人全日本シーエム放送連盟)CMフェスティバルに行ったときに、転機となる映像に出会ったんです。それは、子供がひたすら白紙を何枚も黒く塗りつぶしていくというCMでした。周りの大人がその子の様子を見て次第に心配するが、そうこうしているうちに何かに気づく。描き貯められた紙を並べて上から俯瞰してみると、一頭の大きなクジラが浮かび上がるというストーリー。それを見てすごく感動したんです。

それまではPVを作りたいなと思っていたけど、いろんな面で不安や迷いもありました。でもやっぱり、映像を作りたい、という思いが強くなっていって、それをどう人生に重ねればよいのかよくわからなかっていたんです。それが、このクジラの映像を見て、「その思いのままで進めばいい」と肯定されたような気がして。そこから気持ちが切り替わりました。
面接では学生時代の活動について、実際のところ大したことはやっていなかったように思うのですが「何をやったか」ではなく、「何を目的に」「どんな風に活動し」「何を得たのか」ということを中心に話すように努めました。そんなこんなで、なぜか幸運にも電通に入社することになったんです。

憧れの仕事で味わった挫折、余儀なくされたキャリアシフト

最初の配属は営業でしたが、1年後に転局試験を受けてクリエーティブ局に異動しました。入社2年目でCMプランナーになり、早々に夢が叶ったんです。しかし、これが、僕のキャリアの“暗黒時代”の幕開けとなりました…。

とにかく「企画の数を出せ」と言われるがまま、企画書を作って提出。すると、「演出コンテなんか持ってくるな!」と怒られてしまう。演出コンテとは、アングルや、どんなカット割か、などを落とし込んだものを指します。

次第にわかってきたのは、僕はストーリーを作るのが苦手だということ。その分、得意な絵でごまかそうとしていたんです。
「お前はコピーが弱いから、コピーをたくさん書け!」と言われても全然ダメ。
世の中で評価されるコピーは文章的な表現がうまいだけではなくて、“発見力”が優れているんですね。それがなかなか出来なくて、焦ってくる。希望が叶って配属されたクリエーティブ局。でも、求められることが自分が思っていることと違う…。

みなさんは、僕はどこで何を間違えてしまったと思いますか?
当時、僕はただ面白い映像やかっこいい映像を作りたいと思っていたけれど、それがイコールCMとは言えないというわけだったのです。

「自分はクリエーティブに向いていない」…そんな思いが強くなっていた僕にある日、追い打ちをかけるように厳しい現実が突き付けられました。
上司に呼び出されて異動の話を持ちかけられたんです。異動先はWebの部署。CMを作りたいという憧れを抱いてやってきたクリエーティブ局を離れることにはもちろん抵抗がありましたが、このままここにいても、自分はこれ以上変わらない、と思い切って異動する決心をしました。そして、Webの部署で気持ちも新たに、ゼロからやり直そう、ただ他人とは違うことをやろう、と覚悟を決めたんです。そして、PRやテクノロジーの勉強も始めました。

どん底からの再起、そしてつかんだいくつかの成果

僕の会社にいるCMプランナーの篠原誠さん。彼は『au 三太郎シリーズ』のCMを手掛けておられますが、インタビューで「10人が同じことをしていても、必ず何かしらの違いがでるもの」と言っています。

まさにこれは自分が異動して最初にやったことに当てはまるんです。それはSEO対策のキーワードをとにかくたくさん書き出すというものでした。200個くらい書き出して提出すると「そんなに出さなくてもいいのに、でも助かったよ、ありがとう」と感謝された。たくさん書き出すことで、なんだかわからないけど何かが身についた気がした。
すごく地味で大変な作業でしたが、一生懸命やると、意外と自分にとって“宝”になるものなんだと気づき、篠原さんの言葉を拝見した時にいたく共感しました。

2013年に、カンヌの広告祭に参加する機会がありました。当時関わっていたプロジェクトが入選したんです。しかし周りの反応は冷めたもので、僕の立ち位置も単なるプロジェクトメンバーの一員としか見てもらえなかった。評価を得るには、自分の名前で勝負して、自分のアイデアで勝たなければいけない。じゃあ、“やってやろう!”と、気持ちに火が付いた(笑)。
そして、今までの地味な仕事をする自分とは決別して、自分の好きな領域で戦っていこうと決意。カンヌへの旅が、僕のキャリアにおいて大きなターニングポイントの一つとなりました。

そして手掛けたのが衛生用紙メーカー王子ネピアのバイラルムービー『Tissue Animals』です。

クライアントが植林をしている取り組みを伝えるブランド広告で、ティッシュペーパーを折り紙に見立てて動物の形を作るというもの。この広告はPRの観点からまず初めに海外でバズらせ、情報を逆流させることを特に意識しました。そのため言葉による表現はラストカットのみ。
カンヌのセミナーで、あるクリエーターが「もう人々はコンテンツしかシェアしない」と言っていたことがずっと引っかかっていて、クリエーティブで工夫したのは、商品は一切出さずにコンテンツのみで勝負しようとした点でした。

こうした仮説を立てて作ったところ、思惑通り海外で注目を集め、フランスの国際アニメーション映画祭の広告部門でグランプリを受賞することができました。
この経験を通じて、今までは言われたことをその通りにやってきたけれど、そうでなくてもいいんだ、キャリアで悩んでいたあの頃の自分に足りなかったことってこれなんだと、気づかされました。

そして、その数年後に手掛けたのが小林市のムービー。これは僕が影響を受けたクジラのCMに出会ったACC CM FESTIVALで、2016年にグランプリを受賞しました。仕事のやり方を変えて、ようやく自分の好きなことを活かせる場所を見つけ、好きなやり方でやった仕事が認められたんだと感慨深く、また自分のキャリアの節目となる出来事でしたね。

壁にぶつかっても、あきらめない

この先仕事で、自分や自分の好きなものを見失ってしまうようなことがあるかもしれません。
そんな時はぜひ、話のできる(しやすい)人、好きな人と一生懸命話してみるといいと思います。対話の中から自分の姿が浮き彫りになってきて、本当に自分の向いていることが見えてくることもあるでしょう。

僕には「チャレンジ8割理論」という持論があります。チャレンジには失敗はつきもので、大体8割くらいは失敗するもの。でも続けていくうちに打率が上がっていって誰だって目標の8割くらいのところまではいけるような気がする。なので、まずはこれをやりたいと言う、そして実際にやってみる。そして、失敗してみる。こうした心がけも大事かなと思います。

今日の話を、頭の片隅にでもおいてもらって、仕事で壁にぶつかった時に「そういえば越智って人があんなことを言っていたな」と思い出してもらえたら嬉しいです。

(CREATIVE VILLAGE編集部)