クリエイティブ業界の注目情報や求人情報などを発信する、クリエイターのための総合情報サイトです。

~飛躍するクリエイター~ 第49回 萩原 正雄 AD(アシスタントディレクター)

ADとして4年目を迎えた萩原正雄。
フジテレビの人気番組「逃走中」生まれ、「逃走中」育ちのADだ。
好きで入った世界だ。だが、だからといって続けられるほど甘いところではない。
「いま僕に一番足りないのは学力でしょうか。ずっと勉強嫌いでしたし、漢字が書けない、計算できない。だからそれ以外で頑張るしかない。だれよりも寝ないとか(笑)。僕には気持ちしかないですから」
なんでもいい、得意をつくること。ひとつでもそれがあれば、それが強みになって自分の存在価値を見出せる。萩原のそれは“バカ”になれることだったのかもしれない。
 

■ お笑いと野球

 フジテレビの「run for money 逃走中」と「battle for money 戦闘中」でAD(アシスタントディレクター)をやっています。言うならば「逃走中」は鬼ごっこ、「戦闘中」はサバイバルゲームです。本当になんの台本もなく出演者のみなさんに好きなようにやっていただいているんですが、窮地に追い込まれたときの人間の本音や本性が見える、一見バラエティーだけど実はドキュメンタリーといったようなところが見どころだと思います。そのドキュメンタリーの主人公が約20人いるわけですから、編集作業はそれはもう大変です。プレイアーひとり一人を追うカメラに、各エリアで固定で録っているものなど併せると合計40台から50台ぐらいカメラがあって、それらの映像をすべて把握してやらないといけないので。仕込みもロケも編集も、とにかくキツい番組です。だけどディレクターさんもプロデューサさんも作家さんも、みなさんすごくいい方で、ADの面倒をよく見てくれるし、もちろん厳しいことも言いますけど、フォローも評価もきちんとしてくれるんです。だからすごくやりがいはあります。あとリサーチで見つけたアイテムが採用されて、実際に画(え)になったときなんかはとってもうれしいです。
 学生時代はお笑いと野球一色でした。昔からテレビが好きで、ダウンタウンさんやウッチャンナンチャンさんとか、ずっと見てましたね。これ言うと恥ずかしいんですけど、実は芸人さんを目指していたこともあったんです(笑)。野球は小学4年生から高校までやってました。高校時代は、弱小校でしたけど1年生からレギュラーでピッチャーをやらせてもらってました。野球で得たものはいますごく役に立っています。先輩との上下関係や礼儀を叩き込まれましたし、組織とはどうあるべきかみたいなことも身をもって知りました。特にこの仕事はチームプレーが大切ですから、それらが本当にいまいきていると思います。

イメージ 逃走中(フジテレビ)

 

■ 始まりが「逃走中」

 高校卒業後の進路は最後まで悩みました。芸人さんの養成所に行こうか、テレビ業界を目指して専門学校に進もうかと。それで、僕はお笑いが好きなのか、テレビが好きなのかと改めて考え、自分はテレビが好きでお笑いが好きになったんだと気づいたんです。それで、テレビの裏方だって面白いことを考えられるしやれると思い、日本工学院専門学校 クリエイターズカレッジ放送・映画科に入学しました。親は好きなことをやれと言ってくれました。いまとなっては、番組のエンドロールに僕の名前を見つけて喜んでくれてます。
 学校には楽しく通ってましたけど、いまとなってはもっと技術的な勉強をしっかりやっておけばよかったと後悔しています。カメラも編集ソフトのファイナル・カットもいくらだって学べる機会があったのに、自分は制作だからって真剣に取り組んでなかった。制作が技術的なことをわかってないと話にならないんです。きちんと指示出しができないから。いまでこそ編集技術も身につき、それが自分の強みにもなっていますが、1、2年目はパソコンもカメラもチンプンカンプンで、ものすっごく苦労しました。
 日本工学院時代も変わらずお笑い番組はよく見ていましたが、スタッフや制作会社のクレジットをチェックするようになりました。2年生のときに「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)も手がけている制作会社ロジックの方が、特別講義に来てくれたんです。興味津々で積極的に授業に参加し、いろいろ質問をしたりしていたら「バイトがあるから来てみないか」と誘われ、2月頃からバイトとして現場に入りました。その現場が「逃走中」でした。そこからずーっと「逃走中」です(笑)。

イメージ

battle for money 戦闘中(フジテレビ)

 

■ バカになれるか

 「逃走中」のロケは、出演者の方、スタッフさん併せて300人ぐらい関わっています。エキストラが100人、150人いるような回もあるし、ものすごい人数が動いているという恐ろしい現場です。1年目は本当に厳しかったです。とにかく仕込みが大変。ロケの前日からエリアをつくったり、装飾したり、プレイヤーのたまり場つくったり……何がなんだかわからないまま、言われるままに走り回っていました。2年ぐらいそんな感じでした。
 周りはどんどん辞めていきました。それこそ一緒に入ったADで残っているのは僕だけです。続いたのは、野球で培った忍耐力のお陰だと思います。それとさっきも言いましたけど、上司に恵まれました。何も考えずにただがむしゃらにやってただけなんですけど、それでも評価してくれる方たちだから。「お前辞めないで偉い!」とか(笑)。僕は不器用だし、うまいことも言えないしダメダメだけど、でも一生懸命やってるってことだけはわかってくれた。現場にもよると思いますが、理屈じゃなくいい意味でバカになれるってことが大切なのかもしれません。
 3年目ぐらいから意識が変わりました。それまでは言われたことだけをやっていた感じだったんですが、自分からいろいろ提案するようにもなり、ディレクターさんから100要求されたら120で返すぐらいのつもりで取り組むようになりました。
 4月からチーフADになりました。もう不安だらけ、不安しかないです。もちろん嬉しいし、やりがいはあります。1年目2年目の自分の姿からは考えられないことですし。いまは時間に追われてなかなかテレビが見られないので、そのぶん一生懸命ラジオを聞いています。ラジオはネタの宝庫というか、ものすごく勉強になります。もっともっと番組に企画のところから関わっていきたいし、貢献したい。ここまで来たら次はディレクターを目指して「逃走中」「戦闘中」を極めたいなと秘かな野望も抱きつつあります。

この記事に関するお問合せは、こちらまで
info@c-place.ne.jp

 

pec49_164

萩原 正雄(はぎわら・まさお)

AD(アシスタントディレクター)
1992年神奈川県生まれ。高校卒業後、2010年日本工学院専門学校 クリエイターズカレッジ放送・映画科入学。2012年卒業後、テレビ制作会社ロジックに入社、FCC(フジクリエイティブコーポレーション)に出向し、リアルタイム・サスペンス・バラエティー「run for money 逃走中」(フジテレビ)と「battle for money 戦闘中」(フジテレビ)で奮闘中。

関連記事