クリエイティブ業界の注目情報や求人情報などを発信する、クリエイターのための総合情報サイトです。
eyecatch

映画『天空の蜂』監督 堤幸彦さん

映画、TVドラマ、舞台、PVなど幅広い分野で活躍し、TVドラマ『トリック』シリーズ、映画『20世紀少年』シリーズなど時代を象徴する話題作を数多く送り出してきた堤幸彦さん。最新作は、東野圭吾原作の映画化『天空の蜂』。巨大ヘリコプターを乗っ取り、原子力発電所の真上に静止させるという史上最悪の<原発テロ>と、その究極の危機に立ち向かう人々のドラマを描いた本作の公開に際し、ご自身のことやクリエイターへのアドバイスなど、お話を伺いました。

 

■ 自分は芸術家ではない、という立脚点

映像制作に携わる方には「学生の時から映画研究会に所属していて…」という方も多いですが、僕の場合は不純な動機から始まっています(笑)大学を中退してやるべきことが分からなくなって、たまたま拾った新聞に出ていた映像専門学校の案内がきっかけでした。それまでは夢中でロックバンドをやっていたので、映画はロック映画しか見たことがなく、テレビも全うに見たことがない状況でしたが、テレビ番組のディレクターだったら簡単にできそうと思ったのが出発点です。その状態での滑り出しだったことは、いまだにコンプレックスですし、僕は芸術家ではないというのが、忘れてはいけない立脚点だと思っています。ただ、だからこそ、いろいろなタイプの作品に同時に挑戦できるという、良いきっかけになっているかもしれません。

【スタイリスト】 関えみ子 【衣裳クレジット】 BEAMS

【スタイリスト】 関えみ子
【衣裳クレジット】 BEAMS

テレビの現場で経験を重ねるうちに、転機となったのはドラマ『金田一少年の事件簿』(95年/NTV)です。それまでのドラマの量産システムが嫌で、1つのカメラで表情をちゃんと撮るということを意識しながら、映画的に作りたくて。

堅苦しくて技術的なレベルが高い80年代の映画に、もう少し自由度があれば、という想いを持ちつつ、“テレビは映画的に、映画はカジュアルに”と思っていました。それを実現できたのが『金田一少年の事件簿』での実験でした。その後の『ケイゾク』(99年/TBS)も、仲間と一緒に撮影手法から模索して作り上げていくというスタイルですね。

最近では、常識的な価格のデジタルカメラで映画が撮れるようになったことで、低予算の作品にも素晴らしいものがたくさんあります。その中で、お金を出して観ていただける作品の質を早く、安く、きちんと作り上げるためにはどうしたら良いのかを考えて、撮影の直後に現場で編集をする等、いろいろなシステムを開発してきました。
撮影直後の編集に関しては、ニューヨークのウディ・アレン監督の現場で見て、取り入れました。アメリカ、韓国、インドではごく普通に行われていて、最近のCGものだとそうして確認できないと前に進まないこともあるので、今では珍しいことでもないと思いますね。

 

■ 見ないように、見せないようにしていたものに切り込んでいく

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

娯楽度が高い作品から、『悼む人』のような人間の死生観に迫る作品まで、様々なタイプの映画を作り続けていく中で、映画は社会の合わせ鏡だという想いがあります。
例えばケネディ大統領暗殺事件を取り扱ったリアルな『JFK』のような作品を見ると、「そうだったのか」という新発見もありながら、これは現代に繋がっているなと強く考えさせられる部分があって、自分でもそういう作品を出していきたいと思います。
また、原作を映画化する場合は、例えば『悼む人』なら原作者の天童荒太さんが持つ死生観を、自分の死生観とも重ねあわせながら向き合って来ました。

ただ、どのようなタイプの作品でも、映画館で観たいと思われるような作品にしていく方法論は、ずっと持っていなければいけないですし、娯楽作品から社会派作品まで、全てが自分の仕事だと思っています。

知的障害者たちの自立支援のためのグループホームを舞台にした『くちづけ』に関しては、踏み込んだ表現と言われることもありますが、それは映画表現として必要なものだと強く思っています。見ないように、見せないようにしていたものに切り込んでいくことは、映画やドラマを通して表現する者の仕事の一つだと感じています。

 

■ 20年前に執筆された原作のテーマが今と繋がっている

今回の東野圭吾さん原作の「天空の蜂」は、原子力発電所の持つ危険性を科学的に解明し、それを逆手にとってストーリーの核にしているところに、凄いなぁという想いを持っていました。過去にも読んでいましたが、映画化にあたって詳しく解読し、そこに折り重なる幾重もの人間ドラマを改めて読み込んでいくうちに、この大作から逃げてはいけないという覚悟が決まってきました。映画を作る者を名乗ってきたわけですから、今まで作ったチームワークとノウハウで立ち上がれば挑むことはできるかもしれないと思って参加した次第でしたね。

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

撮影前の準備段階から、かなりの時間をかけました。「天空の蜂」では、ある科学的な現実に対する見解が基になっていて、そこには原発とヘリコプターという具体的なモデルがあります。もっと言うと、それを含む企業の問題や国家、国策の問題という現実。その土台の上で架空のストーリーが流れていて、そこに複雑な人間模様が群像劇として展開される…このようなタイプの作品は経験がなかったので、非常に戦慄しつつも、やりがいを感じていました。自分でも大丈夫かなという気持ちがあったので、準備も相当早くに始めて、資料ファイルが膨大に積み重なっていきましたね。
さらに、実際に警察や原発で働く人たちのサンプルも集めていきました。ターゲットを絞り込んで、本木雅弘さん演じる三島にあたる人はどんな人だろうか?と具体的に調査することを何十人にも何か月にもわたって準備していきました。

そして、原作にはないシーンを終盤に加えているのですが、それは20年前に執筆された原作のテーマが今と繋がっていることを示すために必要なものでした。単純に20年前の話ではなく、今という時代を合わせ鏡のように映す意味でも必要なシークエンスでしたね。

 

■ 何を表現するのか、世界に何を発信するのか

最近では、法政大学の通信教育で学ぶ地理学が、制作にも影響を及ぼしています。
教室では、お互いが普段何をしているかはどうでもよくて、社長かもしれないし、工場で働いている人かもしれないし、いろいろなのですが、そんなことより「この問題、難しいよね」と言いながら、みんなで一生懸命予習復習して試験に挑んでいます。

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

最初は単純に好きで地理学を選んだのですが、地理がこんなにも映像表現に必要な学問だということに驚いてもいます。それを基にテレビ番組の制作にも繋がりましたし、『BECK』という作品では横須賀の地理学がないと分かり辛かったでしょうし、ロケハンにも役立っていて、楽しんで学んでいます。

今、映像の勉強をしていたり、これから映像制作に携わりたいという人には、自分に付随しているいろいろなものを取り払った時に、最後に残る一つのものを持って欲しいですね。仕事をしながらでも学生の間でも探せるものだと思うのですが、「私が好きなものはこれ」という確固たるものを見つけてもらいたいです。
それは、英語が喋れるでも、競馬に強いでも、何でも良いんです。もし僕が就職担当の面接官だったとして、東大出身で何でも知っているという人と、身体だけはタフという人、競馬についてはプロですという人の3人から1人を採るなら競馬だな、と(笑)
と言うのは、競馬についてプロだという人はその方法論で、いろいろなことに精通できる、ハウツーを持っていると思うからです。たった一つでも「これが私の売り」というものがあると、先輩としても付き合いやすくなります。
それが僕の場合はロックの音楽で、音楽のマニアではなくて、ロックと言うものが提案した生き方に自分の原点、譲れないものがあるので、僕としてはそうだったと思っています。

愛知工業大学で教鞭を取ることで、若い人と接する機会もあるのですが、そこでも驚きの連続です。Macを使っての映像制作を課題で出すと、とんでもなく凄いレベルの作品が上がってきます。我々が10年くらいかけて築き上げたノウハウが編集テクニックも含めて2~3日ですよ。
そのようなクオリティの高い作品を個人で、グループでどんどん出してくるので、良い時代だというのと同時に恐ろしい時代だなと感じます。その気になれば技術的には明日からでも映画監督なんです。ただ、その先に、その職種で一生食べていくにはまた別の方法論が必要だと思います。そういう時代になっていることに驚きを禁じ得ないですが、その道具を使って何を表現するのか、世界に何を発信するのかは興味深いし、技術に加えてテーマでも、僕らを驚かせる作品が見てみたいと思っています。


■作品情報

『天空の蜂』
9月12日(土)全国ロードショー

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

(C)2015「天空の蜂」製作委員会

江口洋介、本木雅弘、仲間由紀恵、綾野剛、柄本明、國村隼、
石橋蓮司、佐藤二朗、向井理、光石研、竹中直人、
やべきょうすけ、手塚とおる、永瀬匡、松島花、落合モトキ、石橋けい  他

監督:堤幸彦
原作:東野圭吾「天空の蜂」(講談社文庫)
脚本:楠野一郎
音楽:リチャード・プリン
主題歌:秦 基博「Q & A」(オーガスタレコード/アリオラジャパン)
制作:オフィスクレッシェンド
企画/配給:松竹

■オフィシャルサイト

http://tenkunohachi.jp/

堤幸彦(つつみ・ゆきひこ)

1955年生まれ、愛知県出身。88年に故・森田芳光プロデュースのオムニバス映画『バカヤロー! 私、怒ってます』内『英語がなんだ』で映画監督デビュー。以降、映画、TVドラマ、舞台、PVなど幅広い分野で活躍。TVドラマでは、「金田一少年の事件簿」(95/NTV)、「ケイゾク」(99/TBS)、「池袋ウエストゲートパーク」(00/TBS)や、「トリック」シリーズ(EX)、「SPEC」シリーズ(TBS)など、時代を象徴する話題作を数多く送り出す。映画では、『20世紀少年』シリーズ(0809)、『BECK』(10)、『エイトレンジャー』(12)など多数のエンターテインメント作品を手掛ける一方で、『明日の記憶』(06)、『MY HOUSE』(12)、『くちづけ』(13)、『悼む人』(15)など、社会派作品も意欲的に発表。被災地を舞台にしたドキュメンタリードラマ「Kesennuma, Voices. 東日本大震災復興特別企画~堤幸彦の記録~」(1214/CSTBSチャンネル)も制作している。最新作は『イニシエーション・ラブ』(15)など。

関連記事